盆栽町にて

自宅から近場の場所でありながら、足を踏み入れたことのなかった“盆栽町”へと遊びに出掛ける。今日は,1人でうらうらとゆったりとした休日を選択。

…それにしても、何年来行きたい、と願いつつそのまま放置しっぱなしになっていた憧れの盆栽町。自転車で走ること40分強。大宮公園をくぐり、緑豊かな木々を見上げつつ、閑静な住宅街に辿り着く。…ここが、盆栽町?なるほど。緑豊かで、独特の静けさをまとっている。たくさんの盆栽屋さんが集うこの町の一角。今回は、清香園さんにお邪魔させて戴きました。いかんせん、行動がのろいので(呪いのように、のろい。定説。)今日は、一軒に的をしぼる。

門をくぐると、盆栽達がゆったりと待ち構えていた。早速園内に足を踏み入れるや否や、枝ぶりや、幹、葉にさえも見とれる。…面白い。どシロートなので、盆栽の魅力が何たるか語る術を持たないけれど、あの一鉢一鉢が、“小惑星”のようで引き込まれてしまう。どれもこれも、個性を滲ませた細やかな緑の“惑星”を形成している。ゆらゆらと、園内を気ままに歩っていると、園内の方がご丁寧に説明して下さった。夏の水遣りのこと。(夏場は、1日に5回も!)そして、盆栽棚を守っていくのに、たくさんの人の手が必要なこと。(スタッフさんは、7人もいてはるそうです。予想以上に多い。ウチの仕事場より多いやんっ、てな話。)そして、盆栽の未来の姿について。一番興味深かったのは、“盆栽の未来”という言葉。“植物やから、思いとおりにはならへんのでしょう?”という、私の疑問に、だから、面白いんだよー、と言うてはった。自然は、人の手の思い通りにはならない。コレ、前程条件。なので、樹や自然が言う方向に沿えばいい、倣えばいい。一鉢一鉢、違う未来を読み取る?ということ。…そういう、流れがあるのかな?“気”のうねりみたいなものなのかしら??おぼろげにしか理解できなくて、思わずぼーっと、話を聞いてしまったが、、妙に魅力的な話だったと思う。掴めそうで掴めない。霞のように遠いけれど、深遠なる深さが広がる盆栽道。わからないから、面白い。手探りだからこそ、通じたときの面白さを秘める。…そういったものがあるのかなぁ、とおぼろに思う。

それにしても、若い人達がたくさん働いてはって驚いた。色んな人が、いてはるもんやなぁ。同世代の方々が細やかに働いてはる姿を見て、勝手に励まされる思いがした。

はるばる遊びにきた盆栽町は、木漏れ日溢れる気持ちがいい場所だった。暑さも忘れて、涼やかな情景に身をゆだねて、気持ちまで潤う感じ。
また、ぼちぼちと遊びにいこう。